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第十七話 王立学園の同期

Auteur: 月歌
last update Dernière mise à jour: 2025-02-20 11:00:00

◆◆◆◆◆

「やあ、遥にコナリーじゃないか」

軽やかな声が響いた。

遥は、サンドイッチを手にしたまま顔を上げる。

目の前に立っていたのは、第二王子・ルイスだった。

◇◇◇

遥とコナリーは、ベンチから立ち上がり、軽く一礼する。

ルイスは、王子らしい品のある仕草で手を振ると、あずまやの中へと足を踏み入れた。

「邪魔をして申し訳ない。でも、以前から遥さんと話したいと思っていたんだ」

そう言って、にこやかに笑う。

「でも、なかなか機会がなくてね。ようやく声をかけられてうれしいよ。私はルイスだ」

差し出された手を見て、遥は少し戸惑った。

――握手を求められるのは初めてだった。

これまで、聖女として扱われることはあっても、対等な立場として認識されたことはなかったからだ。

「……あんたは王子様なんだろ?」

遥は、差し出された手を見つめながら、少し考えるように呟いた。

「第一王子のアランとは……その、ずいぶん様子が違うな」

そう言いながら、ゆっくりと握手を交わす。

「兄が失礼なことをして申し訳なかった」

ルイスは微笑みながら、さらりと言った。

遥は、ぎくりとする。

「あ……いや、謝らないでくれ。王子が頭を下げるようなことじゃない」

慌てて手を

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